参加者の声

・Joey Goertz(2012年)
 My name is Joey Goertz, originally from Manitoba, Canada and am currently living in Tokachi, Hokkaido.  I have been in Japan for three years teaching English to high school students in Tokachi.  I had the chance to meet Kazu Sakai about three years ago at Eiko Church in Obihiro.  I wanted the chance to get involved with some sports while I was living in Japan, but didn’t know how to go about doing that.  In the time that I have known Mr. Sakai, he has gotten me involved in several different sport outings including indoor soccer (futsal), basketball, and squash.  On several occasions, we had the opportunity to go snowboarding together, where Mr. Sakai was able to help me improve my then limited understanding of the sport. I’ve always had a really easy time communicating with him and following any instructions that he provides before we start a sporting event, as his English is excellent!
 It has been really wonderful to get involved with so many different types of sports while here in Japan, meet people, and try something new.  If you’re looking for some sort of indoor or outdoor recreation, Mr. Sakai is the person to help you get involved. Get out and try something new! 

・星浩二氏
@熱いフットサル(2010年)
 精神疾患の人々とそれを支える仲間によるフットサルチーム「アユターレ」が昨年(H21)発足しました。その活動が地元紙に掲載された時、興味がわいて、自分もH224月から参加させてもらいました。初めて参加したときは、スパーク帯広という室内場で初日から思いっきり転んで膝を擦りむいてしまいました。終わった後3日間は体がバラバラに(まさにそんな感じ)なりそうな感じで痛かったです。
 そうこうしているうちに
6月に札幌で初の精神障害者のフットサル大会「北海道チャンピオンズカップ」が開催されることになりまして、アユターレも出場する事になりました。自分も始めて間もなかったので迷いましたが、良い経験になると思い行くことにしました。控えの選手として行くことになりそうだったので楽な気持ちで参加したと思います。しかし、1人行くことがキャンセルとなり、自分も先発メンバーになりました。大会が近づくにつれてだんだんとプレッシャーを感じるようになってきました。他のチームはどんなチームなんだろうか?強いのだろうか?1勝も出来ないのではないだろうか?道中は緊張しないだろうか?・・・。そのうち自分のサッカーの自信の無さからプレイもどこか消極的になってきたと思います。練習日も増えてきて、ある練習日の帰りの車中で大江病院の作業療法士の酒井さん(アユターレを立ち上げた人)に自分の気持ちを話しました。チームの足を引っぱってるのではないだろうかとか・・・。酒井さんは「星さんが参加する意味もありますよ」などいろいろ話してくれました。少し気持ちも楽になってきました。プレッシャーの次に困ったのは、足の怪我による痛みとその痛みのため思っているように体が動けないことでした。でも札幌遠征メンバーの全員がどこかしらの怪我による痛みがあったようでした。フットサルスタジアム「蹴」で大会が開かれました。人工芝とフローリングの2面コートがあり、立派な会場でした。こんなすごい所で試合をするんだと思いさらに緊張しました。大会には札幌や帯広の5施設6チームが参加しました。結果は決勝トーナメントと順位決定戦で4位になりました。楽しかったです!!爽快感、達成感を感じました。帰りの車中はずっと心地よい感じがしました。普段の日常では味わえない感覚です。でも怪我をしていた足は痛かった。
 今年はフットサルに熱くなりました。今は相変わらずの下手くそですが
(最初の時よりは進歩していると思う?)下手くそなりに楽しくフットサルをプレイしています。これからも仲間と一緒に汗をかきたいと思います。
A嗚呼 アユターレ!!(2011年)
 私は、20104月のアユターレの新聞記事に興味が湧いて、422日から練習に参加させてもらいました。アユターレでフットサルの他、バスケットボールや野球などで仲間と汗をかいて楽しんでます。また市の保健福祉センターのイベントでの発表にも参加しました。今年も6月に札幌で行われる第2回北海道チャンピオンズカップにむけて練習会で汗を流し、今年は優勝を目標にみんなでがんばってきました。今大会の出場チームは昨年より2チーム増えて8チームになり、レベルも底上げされどこも強敵だと思われました。去年の大会ではアユターレは出場メンバーが5名と控え選手がいなく苦戦しましたが6チーム出場して4位と健闘しました。皆どこかしらの怪我をおしてのプレーでした。今年のアユターレは新しいメンバーが入り、人数が笛、若い人や運動能力の高い人、サッカー経験者もいて、去年のチームより格段と強くなりました。現役社会人サッカー選手の匂坂さんや監督の酒井さんの指導のもと練習にも熱が入りチームもだんだんと力をつけていきました。また今年はユニフォームも作り一致団結して大会に臨みました。私は去年の大会も出場しているので会場の雰囲気とか大会の流れもイメージ出来ていたのでそんなにプレッシャーには感じませんでしたが大会の前日から当日はやはりたいへん緊張しました。私は昨年同様キーパーをすることになりました。もう一人キーパーがいたことや交代選手がたくさんいたことで精神的にはきつくなりませんでした。また怪我もほぼ無くベストな状態で大会に入ることができました。2011618日札幌のフットサルスタジアム蹴で全道大会「第2回北海道チャンピオンズカップ」が行われまして帯広から選手12人が出場しました。予選リーグ初戦を6-0で圧勝し、まずは一つ勝ててほっとしました。残りの2戦も勝利して予選リーグは1位で通過しました。監督の酒井さんはこれからの試合は強豪チームだと思うので簡単には勝てないよといい、試合前にミーティグ、作戦とプレイの確認をみんなでしました。また、試合直前には円陣を組んで皆で気合を入れました。試合中は匂坂コーチが声を出して選手の位置を修正し守備のシステムが上手く機能しました。準決勝直前には永野さんから敵チームのあの人はどこからでも鋭いシュートを打ってくるから気をつけてと個人的にアドバイスも受けました。試合中は彼の動きに注意しましたが予想通り鋭いシュートをどんどん打ってきました。好守備にも助けられて何とか勝つことが出来ました。今までの中で一番きつい試合でした。無我夢中で何とかここまで来ました。選手の疲れもピークに達した頃だったと思いますが、敵も同じだと思いました。決勝戦は予想通り激戦で前半終了間際に入れた1点を守り切ってなんとか1-0で勝利しました。やったーと思いました。感無量、感激、興奮、喜び・・・最高の瞬間でした。この最高の瞬間を味わさせてくれた酒井監督はじめ匂坂コーチ、小林さん、試合を応援しに来てくれた仲間、そしてプレイをともにした仲間には感謝!感謝!札幌には来れなかった仲間、一緒に練習してくれた社会人、学生、外国人そしてわれわれにスポーツする場を与えてくれた大江病院はじめ病院関係者にはとにかく感謝したいです。
 この大会を終えて、たとえ精神病になってもやれば出来るということを学び、体を動かすこと、汗をかいてスポーツをすることがとても病状にはプラスになることを学びました。たくさんの人に支えられて今のアユターレがあることを感謝してます。
大会を終えて1ヶ月後、アユターレはまた練習を再開しました。追う立場から追われる立場にかわり、今は2連覇を目標に練習を重ねています。また試合形式だけでなく基本技術やボールさばきも入念に練習しているところです。それと同時にいま始まっている十勝の社会人大会「フットサルB-1グランプリ」にも出場し奮闘している最中です。これからも仲間と一緒にアユターレで活動していきたいと思います。

・A氏(30代男性、2011年)
 私は精神障害者で現在も仕事はしていませんが、健康維持の為にも体を動かすことが必要だと思い、アユターレのフットサルとバスケットボールに参加しています。もともと体を動かすことは好きでしたが、フットサルではかなり体力を消耗しますので、より楽しむ為に、アユターレの活動がない日でも、1.5kmずつランニングをしたり雨や雪の日などには室内のルームランナーで走るなどをするようになり、体調にも貴を使うようになりました。
 そんな中、あるテレビ番組でサッカー経験者の方が「サッカーはフェアプレーで勝つ事が大事」だと言ってました。私もスポーツはフェアプレーで楽しむことが大事だと思ってます。なので自分のモットーは「フェアプレーで全力プレー」です。アユターレには外国の方も参加したりします。アユターレでフットサルをしてわかったことは、日本の人であれ外国の人であれ、あまり言葉は通じなくともフェアプレー精神を持ちながらプレーし共に汗を流すことが出来れば、例え勝ち負けはどうであれ、とても心地良い気分になれるという事でした。

 そして去年の6月、様々な困難を乗り越え、札幌の精神障害者によるフットサルの大会に参加もしました。結果は6チーム中4位でしたが、ここでも順位に関係なく大好きなフットサルで汗を流せたことがとても気持ちよかったです。この大会で何より印象に残っているのは試合前の握手と試合後の握手です。言葉はあまり交わせませんでしたが、共に汗を流して戦った事、そしてそれをたたえあった事、最高でした。このような経験をさせてくれた酒井さんやスタッフの方々には心から感謝してます。
 最後に、普通の人からは甘いと思われるかもしれませんが、私は「今を一生懸命生きるのが全て」だと思ってます。いつの日かアユターレの活動やスポーツのフェアプレー精神などに通じる「相手を大事にする気持ち」と誰もが持っているはずの「自然を大事にする気持ち」とが繋がって共に助け合いながら平和な社会になる事を願ってます。

・B氏(50代男性、2012年)
 フットサル参加で職場復帰
 3年前の4月、中程度のうつ病と診断され、休職して自宅療養に入りました。薬物治療を中心に寝ては起きる生活でしたが、病気の原因(過労、職場の人間関係)や今後の生活を思うと、頭の中が洗濯機の中のようにぐるぐると回り、寝ていても、起きていても苦しくて、安らぎは睡眠導入剤で寝る瞬間ぐらいでした。
 2009年6月に大江病院に通院の際、廊下に「フットサル練習に参加しませんか」とポスターを見ました。「ひょっとして、俺のようなオッサンでもまたサッカーができるのか」とうれしくなりました。私は中学1年の冬までサッカー部員で、試合に出ていました。練習試合で腕を骨折、以来、競技から離れてほかのスポーツ(テニス、水泳、カヌー、空手)に移っていましたが、心の奥には「ボールを蹴りたい」という魂が生きていました。寝ては起きる生活に、ランニングと筋トレを入れて初練習に備えました。ホームセンターで980円のフットサルボールを買い、ボールタッチの練習を始めました。大江病院体育館での初練習に参加して、30代の若い統合失調症の青年とパス交換をした時の喜びは、「ああ、生きていてよかった。スポーツをやっていてよかった」というものでした。3分ハーフで練習試合をしましたが、くたくたに疲れ、転んでひざをすりむき、40年前の少年時代と同じ体の感覚に、その夜はぐっすりと眠れました。私は「寝て起きて」の生活を「走って寝て」の生活に変え、気持ちは「病気の原因になった悪しき人間関係」を押しのける「サッカーで出会った良き仲間たち」に集中しました。8月に職場復帰できました。
 復職後は、以前に増して働きましたが、「病気」を理由に格下げ・給与は減額。私は現在も冬はうつ傾向で通院していますが、連日体を鍛えるスポーツ中心の生活のおかげで何とか仕事を続けられています。障害者水泳クラブを創設して、知的障害や下肢障害の高校生スイマーたちとも上を目指して泳いでいます。私が人間を取り戻せたのはアユターレのおかげです。酒井監督をはじめ、仲間の皆さんに感謝しています。


・C氏(20代男性、2012年))
「アユターレに参加して」
 アユターレの発足して間もない頃、地元紙にアユターレの記事が載り、アユターレの存在を知りました。私は、中学・高校と、人間関係につまづき、不登校・登校拒否でした。なので、学校の体育の授業も、いつも見学で、体育館でみんなでスポーツをするということに強いトラウマがあり、フラッシュバックが起こって、その場でフリーズしてしまう程の恐怖があります。そんな私の状態でしたので、酒井さんの存在は知っていましたが、参加する勇気がありませんでした。
あるキッカケにより、アユターレに参加し始めることになりました。私は高校を辞め、フリースクールに通っていた過去があり、そのフリースクールの先生とは仲がよく、信頼を寄せていました。その先生に、アユターレの「バスケットボール」に誘われました。私は学生時代のトラウマから、バスケに参加することすら恐かったのですが、信頼している先生が一緒に行くのなら…と、参加してみました。バスケ自体、やったことがほぼ無く、ドリブルすらできず、ボールを触ることが珍しく、最初の参加の日は、ボールをもらっても、怖くてパスしかできませんでした。のびのびと楽しくボールをついてバスケを楽しんでいる他の参加者の姿を見て、とても羨ましくなりました。
次の月のバスケにも、参加しました。やはり、恐怖の方が遥かに強くて、体が動いてくれませんでした。その日のバスケが終わり、帰り際に、ある同年代の参加者の方と、お話しをしました。私と同じく、精神疾患を 患っており、それでもがんばっている。話が弾み、たくさんお話しして、その方と仲良くなりました。何度か、遊んだりもしました。その方の存在があり、その後のアユターレへの参加がしやすくなっていきました。
 フットサルに参加する様になったのは、2012年の1月頃からです。私は仕事に没頭していました。気付けば、職場と家の行き来の毎日になっていました。気分転換で、元々動いて汗をかくことは好きだったので、思い切って、フットサルに参加してみました。
やはり、学生時代のことが蘇ってきて、コートへ立つと、怖くて怖くて仕方がありません。サッカー自体、ほぼしたことがなく、バスケ同様、ドリブルすらすることができません。
そんな中、フットサルの参加者の中には、そんな私をあたたかく迎え入れてくれる人がたくさんいて、優しく教えてくださり、少し安心できました。
 そんな感じで、ボールの蹴り方もわからないまま、数回参加しました。試合形式の練習が、毎回あります。そこでは私は、ドリブルができないので、パスしかできません。少しずつ顔見知りになっていく参加者にそのことを相談すると、
「メッシだってパスが上手いんだよ。」と、パスができるだけでいいんだよと、励ましてくれました。そういった他の方からの言葉が励みになり、それからも参加を続けました。6月に、フットサルの全道大会があります。私は、自分の実力の無さと自信の無さから、到底行けないし、行くのが恐かったので、参加しないつもりでした。酒井さんから、「一緒に行ってみないか」とお声をかけて頂きました。コートにはあまり立てないかもしれないけど、優勝(することができたら)の瞬間をみんなで味わうことができたら、大きな経験になるし、行くことだけで勉強になるよと言ってくださり、大会への参加を決意しました。
しかし、自分の実力・経験の無さに、不安で一杯でした。それから1ヶ月後の大会へ向けて、練習にはほぼ参加しました。不安が大きく、大会の数週間前、練習後、相談に乗ってくれた方がいました。その方が言ってくださった事が自分を支えてくれました。本番(大会)までの練習を、なんとか開き直ってすることができました。
大会当日。私は声出しを積極的にして、チームを盛り上げることができれば…と、まず声出しを徹底することを自分の目標として、大会に臨みました。そうなれるかどうか、不安で一杯でした。チームの雰囲気に、大会の雰囲気に飲み込まれたらどうしよう…。会場に着きました。みんなもくもくと準備をしています。緊張すると思っていたのですが、いざ、会場に行くと、ワクワクの方が大きかったです。私は、体力もなく、控えです。私の瞬発力だけを使って頂き、チームに貢献できればいいなと思っていました。予選の数試合、コートに立たせて頂くことができました。少しの時間でしたが、この数試合が、私にとっていい経験となりました。予選1位通過、準決勝戦も、勝利。次第に、緊張してきました。自然と、自分の口からは声が出ていました。大きな声を出していました。
決勝戦。アユターレが前半、先制ゴールを決めました。私は、嬉しさの余り、飛び跳ねて喜びました。(優勝へ近付いている…。)しかし、相手チームに同点ゴールを許してしまいます。
まだ同点、まだ同点。後半に入りました。キャプテンのシュートが、なんと相手ゴールへと突き刺さりました。感動の余り、涙がこぼれ落ちそうになりました。もう1点、追加点を入れました。
試合終了。アユターレが優勝!見事、2連覇となりました!
今回の大会へみんなで行くことができて、結果優勝することができて、喜びをみんなで分かち合えて、よかったです。
アユターレは、チームの雰囲気がとてもよく、「フェアプレイ」であり、また、コーチや関係者の方々にも恵まれていたと思いました。みんなで掴んだ優勝だと思いました!こんなに貴重な経験をすることができて、酒井さん、コーチ、応援に来て頂いた方々、チームのみなさんに、とても感謝しています。私自信、これから上手くなって、みんなに追いついて力になれる様に、これから練習をがんばりたいと思いました。そう、思わせてくれました。
ありがとうございました!
これからも、よろしくお願いします。


・D氏
・E氏
・F氏
現在準備中


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